瓶の中で輝く色とりどりのキャンディ。
ゼリービーンズ。
幼少時代、宝石のように見えるそれらを、彼女は『必要ない』と言って憚らなかった。
しかし周りの大人には分かっていたのだろう、時折そういうものに目を奪われているのを。
だからこそ、殊更否定してみせるのだという事を。
手を繋いで歩く途中、おねだりして買って貰った色鮮やかなキャンディ。
焼いてくれたケーキやクッキー。
なまじ、そういう『思い出』の残る年齢だったが為に。
『家族』『親』に繋がる記憶を連想させるもの。
自分の意思に反して壊れてしまったもの、失われたもの。
美しいものはより美化され、醜いものはより醜悪に強調される。
結果、彼女にとってお菓子というのは色々な意味で甘く、苦いものだった。
――日差しという表現など生ぬるい――
――これでは日刺しだ――
最近、日本語の上達した――読みに関しては、だが――彼女は、道端を歩きながらげんなりとした表情を浮かべた。
元よりゲルマン系白人の血の濃い彼女にとって、現在の日本の気候は酷なのかもしれない。
まして、日本とは逆に亜寒帯と化した欧州からやってきたのならば尚更であろう。
適度な日焼けならば健康的に言っても望ましいところだが、何事も程度が過ぎるのは害でしかない。
日焼け止めは彼女の必須アイテムだった。
あるのなら日傘でも差したいところだが、生憎と今は学校帰り。
ただ鞄の中に折り畳みの傘が入っているのみ。
さすがに晴れた中で普通の傘を差すような真似をするつもりはないらしい。
どのみち日傘を差したところで、照り返しと地面から立ち上る熱気まではどうしようもないのだが。
焼けたアスファルトを靴底を通して感じる。
飴色の長い髪が熱を篭もらせ、首筋を蒸す。
自慢の髪も、こうなっては鬱陶しいことこの上ない。
何より制服のデザインが最悪だった。
何故この常夏の国でわざわざジャンパースカートのような形をしているのか。
無駄に布地が多く、日光の下ともなると背中などは地獄の様相を呈する。
前に見た、どこかのの学校の制服らしきブラウスにプリーツスカートという姿が羨ましくてならない。
彼女にとってはインナーが少々透ける事など、この暑さが和らぐのならば瑣末事に過ぎなかった。
――シャワーを浴びたい、冷えたジュースが欲しい、アイスが食べたい、エアコンの効いた部屋で寝転がりたい――
毎日のごとく繰り返される愚痴は、放課後家に辿りつくまでの呪文のようなものだった。
しかし、今は心の中で愚痴りはするものの、口に出すことはない。
聞いてくれるような…捌け口になるような相手が今ここにいないから。
それが彼女に更なるストレスを与えていた。
――確か、この先にはえらく年季の入った煙草屋があったはず――
そこでアイスを買おうと心に決め、僅かばかり歩調を上げる。
アイツがいれば奢らせたのに、と思いはするものの、先に帰ってしまったものは仕方がない。
それ以上考えると
やがて進行方向に目的の場所が見えたところで彼女は動きを止めた。
店の傍、公衆電話の前で微妙に疲れた雰囲気を漂わせている背中。
彼女にとって見間違え様のない少年の後ろ姿を見つけて再び足が動き出す。
厳しく寄せられた眉根と、心持ち軽快に上がった歩調。
少年の背後にぴたりと位置をつけて仁王立ちで腕を組む。
しかし、別段こっそりと近づいたわけでもない彼女に気付いた風もなく、彼は小さく息を吐きながら受話器を置いた。
「何やってんの、アンタ?」
「え?あ…」
突然背後からかけられた声に、受話器を下ろした体勢のまま振り向いた少年が固まる。
耳障りな電子音とともにカードが吐き出され、それと蝉の喧騒をBGMに二人は暫し見詰め合った。
うまく言葉が見つからないのか、口を開きかけた状態で止まっている彼に向けて少女は厳しい視線を向ける。
「アンタ、用事があるから先に帰るって言ってなかったっけ?」
「そうだけど…もう終わったよ」
嘘を言ったのか、と暗に語る口調に、彼は受話器から手を離すと一旦振り向いて出てきたままの状態のカードを取った。
その様子があまりにも落ち着いていたため、彼女は毒気を抜かれたように組んだ腕を解く。
「なによ…その電話だったっての?」
「うん」
――この馬鹿はコソコソとどこの女にかけていたのか――
そんな考えが一瞬彼女の頭を過ぎって眉が吊り上り、すぐさまふっと緩む。
彼がそこまでして隠れるように電話をする相手と言えば…心当たりは一人しかいない。
一瞬だけ険しくなった彼女の表情に、ここにきて少年は顔を引き攣らせた。
呆れたように溜息を吐き――実のところその溜息は自分自身に向けられたものだったが――彼女は口を開く。
「携帯はどうしたのよ」
「あるけど…」
ポケットから携帯電話を取り出して見せる。
そこに下がる『SHINJI』という少し歪な形に繋ぎ合わせられたビーズのストラップ。
以前彼女が親友に誘われて戯れにビーズアクセサリーを作ってみた時に、興味深げに見ていた彼に作ってやったもの。
数日後、自分より遥かに上手に『ASUKA』と形作られたものをプレゼントされた時には思わず張り倒してしまったが。
ともあれ、携帯電話にぶら下がるそれを見て、彼女は僅かに頬を染めながら殊更に呆れたような素振りで視線を逸らした。
「電池切れた訳?充電くらいしときなさいよ」
鞄を後ろ手に持ち換えながら。
そこに下がる自分の名を模ったアクセサリーを隠すように。
「ち、違うよ。ネルフが支給している備品なんだから私用電話は控えろって言われたんだ」
少年は彼女の頬が僅かに赤く染まっている事に気付かないまま慌てて言い繕う。
「そんなことミサトにもリツコにも言われたことないわよ?」
そう言うと彼は少しだけ言い難そうに先を続けた。
「いや、父さんに…なんだけど」
一瞬その言葉が表す意味を理解するのに間が空き、やがて全て納得したように彼女は完全に肩の力を抜いた。
確かに『アレ』は言いそうだ、などと本人や目の前の少年にとって少々失礼な事を考えながら。
「意外と細かいわね、司令って」
冷たくしているのではなく、息子からの接触に動転し、事務的な台詞を口走っているらしい事を彼女は最近知った。
息子まで『他人』のくくりで苦手とするのは行き過ぎだが、大元のところはつくづく似た親子なのだと変なところで感心する。
いや、むしろ息子だから…なのだろうか。
「かもね」
苦笑しながら同意してきた少年を見ながら溜息を吐く。
どっと疲れが押し寄せてくる。
そこで本来の目的を思い出し、彼女はぱっと顔を上げた。
「それはともかく!どれだけ重要な内容だったのか知らないけど、電話かけるだけのために一人だけとっとと帰るんじゃない!」
「そんな事言われたって…」
少し気分を害したように少年が憮然とした表情を浮かべる。
「恋人にかけてる訳じゃあるまいし、何コソコソしてんのよ、まったく…」
「コソコソしてる訳じゃないけど…」
「家でかけなさい、家で!まったく…このクソ暑い中一人で悶々としながら歩く羽目になったアタシをどうしてくれんのよ!」
「悶々とって…。っていうか暑い中歩いて帰るなんていつものことじゃないか」
「一人でこの熱気の中歩くダルさを考えてみなさいよ!気分紛らせることもできないじゃない!」
要はストレスを発散する相手がいなくて苛ついてたんだな、と一瞬で悟り、彼は深く溜息を吐いた。
「理解したようね」
「心の底からね…」
そんな思考の行き違いに気付く訳もなく、彼女はここぞとばかりに切り出す。
「それじゃ罰としてアイス奢るのよ!」
「そう来ると思ったよ…」
諦めたように呟き、財布の中身を思い浮かべて陰鬱な表情を浮かべる。
彼女の事だから遠慮なく他の倍以上の値段のアイスを選ぶつもりだろう。
「丁度いいからここで買うわよ!」
嬉々として店へ足を向けた彼女の後ろについてとぼとぼと歩くその姿は、売られていく子牛を連想させるには十分だった。
葦簀の立てられた店先を抜け、彼女の後に続いて中へ入る。
「コンビニならエアコン効いてるのに…」
風通しがよく、その風自体も打ち水のお陰か、ひんやりとしていて気持ちいい。
店の奥はそのまま居間にでもなっているのだろう、涼しげな風鈴の音に混じってTVの音がかすかに漏れてくる。
日向の茹だる様な暑さに比べれば天と地ほどの差があったのだが、しかし彼女には満足のいくものではなかったらしい。
ぶつぶつと言っている彼女を、店主らしき老婆が優しげな微笑みを浮かべて迎えた。
さすがに気まずかったのか、彼女は落ち着きなく辺りを見回して。
ある一点に差し掛かった時、その視線が止まった。
動きを止めた彼女に気付いた風もなく、少年はアイスの入ったボックスを開ける。
白く漂う冷気が少しだけその思考をも冷やし、軽く溜息をついて彼は振り返った。
「どれにするの?」
しかし、そんな彼の言葉など聞こえてもいないかのように彼女は『それ』を見つめたままぽつりと呟いた。
「あれがいい」
「あれって…?」
先程まで文句を言っていた事を欠片も感じさせない様子で静かに佇む姿。
そんな彼女の視線を辿り、少年もまた、それを見つけた。
丸みを帯びた立方体の一辺を斜めに切り落として大きな赤い蓋をつけた懐かしさを感じさせるケース。
業務用の量産品らしくプラスチック製だが、店の年季と相まってやけにその棚に綺麗に収まって見えた。
その中で祭の夜店などでよく見かける粗目の砂糖をまぶした色とりどりの大粒の飴玉が鈍く輝く。
せいぜい一つ十円かそこらのものだろう。
「アイスじゃないの?」
「あれがいいの」
彼の問いかけに彼女は首を横に振り、同じ言葉を繰り返す。
飴色の髪がそれに合わせてさらさらと揺れる。
「…?」
どことなく受け答えが幼くなった感じのする彼女の様子を怪訝に思いながらも、少年は老婆に十円玉を支払う。
「はい、どれにする?」
差し出されたケースを見つめ、彼女は暫し動きを止める。
やがて黙って赤い飴玉を一つ取り上げると、それを指先に摘んでじっと見つめた。
嬉しそうな、悲しそうな…何とも言えない表情を浮かべて。
翌日から彼女は学校帰りにその店の近くを通る時に歩調を緩め、視線を向けるようになった。
行きたい所があればずんずんと脇目も振らずに向かって行く彼女にしては珍しく、遠くから眺めるように。
そんな彼女の様子に少年が耐えかねて『ちょっとあのお店、寄って行こうか?』と言った時の彼女の表情。
最初に店で飴玉を手にした時と同じく、嬉しそうな…悲しそうな。
店に入るとすぐ、彼女は飴玉を買った。
いや、彼に買ってくれとせがんだ。
自分で買えるだろうにと思いつつ、同時にそんな子供じみた彼女の様子を気にしながら彼は折れる。
そして…彼女は飴玉を見つめて複雑な表情を浮かべ。
口の中で転がる少し大きめの飴玉のせいもあってか、口を噤んだまま家路を辿る。
それから暫らくして、その店で飴玉を買うのが日課になった。
すぐさま老婆にも顔を覚えられてしまい、『今日はどの飴にするんかね?』などと店の扉をくぐった途端に聞かれる程。
しかし、彼女は絶対に自分で買おうはとしない。
必ず彼に買ってくれとねだるのだ。
そもそも、アイスは別として、彼女はあまりお菓子というものを口にしない。
ごくまれに小腹がすいた時、もしくは友人が訪ねて来た時くらいのもの。
まぁ…機嫌を損ねた時の自棄食いというものはともかく。
そんな彼女が珍しく毎日のように口にするようになった飴玉。
そもそも彼女が飴玉一つを買う為に店へ日参するということ自体、彼にとって不可解なのだ。
何より彼女の表情が…嬉しそうな顔をした後に、少しだけ悲しげに瞳が揺れるのが…悪い事をしているように思えて。
家主のアルコールに比べれば家計を圧迫する訳でもないので、彼はいつしか店に置いてあるものと同じ飴玉を買い置きしておくようになった。
すると彼女はお菓子を大量に常備するなど子供みたいな真似をするな、と呆れたものの、空腹で血糖値が下がった時に丁度いい補給方法だと家主に言われて時折口に放り込むようになり。
そうやって飴玉を手にした時の表情が店の時とは違って全くの平常である事に、彼は胸を撫でおろした。
しかし…あの店への寄り道とおねだりは終わることはなく。
店で飴玉を手にする時の彼女のあの表情も変わることがなかった。
一体何が違うのだろうと、少年は何度か店で買ったものと買い置きしてある両方を食べ比べてみたが…その違いを理解する事は出来ず。
もやもやとしたものをずっと抱えていた彼が、今日こそ尋ねてみようと立ち寄ったいつもの店先で口を開きかけたある日。
彼女が自分の方をじっと見つめている事に気付いた。
「あの…な、何?」
口に出そうとしていた言葉が頭から霧散し、代わりに消極的な言葉が突いて出る。
「何か欲しいお菓子ある?」
「は?」
「お菓子」
「アスカが…奢ってくれるの?」
「買ってあげる」
なんとなく引っかかるものがあったが、要するに珍しくもいつものお返しということなのだろう、と彼は店を見回す。
ふと、目に留まる見慣れてしまった入れ物。
そこに詰まった飴玉。
唐突に、彼の脳裏にぼんやりとした女性の像が浮かんだ。
屈みこんでこちらを笑顔で覗き込んで来るその女性に、今よりも遥かに低い視点から手に乗るものを差し出す自分。
飴玉。
母。
はっと気付き、彼は勢いよく少女を振り返る。
「…?…何よ」
怪訝そうに眉を寄せる彼女をじっと見つめ…彼は理解したような気がした。
彼女のあの表情の訳を。
別に彼女はそれに気付かせるつもりだった訳ではないのだろうし、その予想が当たっているとも限らなかったが。p>
「いや、なんでもない。それより、僕もあの飴がいいんだけど…」
彼の言葉に、彼女の眉間の皺が少し深くなる。
「何よ、遠慮してんの?」
「いや…そういう訳じゃないんだけど」
「…あとで文句言うんじゃないわよ」
「言わないよ」
苦笑しながら応え、彼は手を伸ばして飴玉を摘み上げ、じっと見つめた。
自分は今、どんな顔をしているのだろう。
あの時の彼女と同じ顔をしているのだろうか。
なんとなくそんな事を思い、振り返る。
さっと目を逸らし、代金を支払う彼女の姿。
「ホラ、行くわよ!」
彼に背中を向けたまま、ぶっきらぼうに言い放つ。
慌てて追いかけようとしたところで、そっと腕を掴んで引き止められた。
驚いて振り返った彼の手に、飴玉が乗せられる。
「え?…あの」
「あの子に持っていっておやり」
戸惑う少年に、老婆は皺だらけの顔でにっこりと微笑む。
暫し掌のそれを見つめた後、少年は顔を上げて笑顔を返した。
「ありがとうございます」
「ええんよ…お菓子買う時にああいう顔する子ほど、見とって悲しいもんはない」
「…そうですね」
飴玉を見つめる少女の姿を思い出し、彼は小さく頷いた。
やはり先程自分もそんな顔をしていたのだろうか。
「何やってんの?行くわよ!」
少し先から叫ばれる声に、彼は頭を下げて踵を返す。
腰に手を当てて先で待つ彼女の元へ駆け寄ると、彼は手を差し出した。
「アスカ」
「…何よ?」
「はい」
差し出された飴玉を、反射的に彼女は受け取る。
きょとんとしたままそれを見つめ。
「あのお婆さんが、アスカにって」
彼へと視線を向け、店の方を見やり、再び飴玉へと落として。
彼女は口元を小さく綻ばせて微笑んだ。
そしてその日以来、彼女は飴を買う時にあの表情を浮かべることはなくなった。
口寂しくなると、彼女はダイニングへ足を運ぶ。
その日も戸棚を開け、お目当てのものを探していた。
透明のガラスケース。
いつもそこには飴玉が入っている。
補充されて満杯に詰まっている時など、それだけで気分がよくなる。
彼女にとって、それは宝石箱のようなものなのかもしれない。
しかし、戸棚の中からそれを見つけた彼女の体からふっと力が抜けた。
のろのろとケースを取り上げる。
その中に白く疎らに散る砕けた粗目砂糖の粉。
傾けるとちりちりと砂糖の粒が転がる。
呆然としたまま、かぽんと間の抜けた音を立てて蓋を開ける。
外から見て空なのだから、開けてみたところで中身が突然現れるわけがない。
目の奥がじわりと熱くなるのを堪えていると、蓋を開ける音で彼女が何をしているのか気付いたらしい少年がリビングで振り向いた。
「あ、ゴメン。最後の一個、僕がもらった。明日買ってきとくよ」
口の中でコロコロと言わせながら言うその様子が勝ち誇っているように見えて。
気がついた時、彼女は口の中で飴玉を転がしながら口元を拭っていた。
よっぽど頭に血が昇っていたのか、間の記憶が抜け落ちている。
ただ、足元には少年が横倒しにのびていて。
虚ろに目を開いたままぴくりとも動かないが、とりあえず生きてはいるらしい。
その姿に彼女は眉を顰める。
口の端からカーペットに涎が垂れていてキタナイ。
爪先で突付いてみるが、何の反応もない。
ただ、倒れたままの彼の体が少し揺れて、床と口の端を繋ぐ透明の橋が少し延びるだけ。
(どうせ掃除するのはコイツなんだし、まぁいいか)
そう思い直して彼女は踵を返した。
暫くあの辺りには座らないようにしよう、と心に決めながら。
飴玉一つで我を忘れる程に腹を立てるというのは我ながら幼稚が過ぎる。
そんな反省をしつつ、邪魔くさい彼はそのまま放置して自分の部屋に戻る。
先程の虚脱感とイライラが嘘のように気分がいい。
最後の一つというのは何故こうも美味しいのだろうか。
何か頭の片隅に引っかかるものもあるが、気を取り直してベッドにダイブする。
コロコロと口の中で転がる飴玉を味わいながら頭の後ろで手を組み。天井を見上げる。
まったく、あの馬鹿は未だに解っていない。
ああいった物が一つだけしか残っていなかったら、まずは御伺いを立てるのが筋だというのに。
だからあのようにして無理矢理奪い返され――
「あ」
瓶に入った色とりどりのキャンディ。
ゼリービーンズ。
幼少時代、宝石のように見えるそれらを、彼女は『必要ない』と言って憚らなかった。
しかし周りの大人には分かっていたのだろう、時折そういうものに目を奪われているのを。
だからこそ、殊更強く否定してみせるのだという事を。
手を繋いで歩く途中、おねだりして買って貰った色鮮やかなキャンディ。
焼いてくれたケーキやクッキー。
なまじ、そういう『思い出』の残る年齢だったが為に。
『家族』『親』に繋がる記憶を連想させるもの。
自分の意思に反して壊れてしまったもの、失われたもの。
美しいものはより美化され、醜いものはより醜悪に強調される。
結果、彼女にとってお菓子というのは色々な意味で甘く、苦いものだった。
「ただいまぁ〜?…え、ち、ちょっとシンちゃん大丈夫!?シンちゃん、シンちゃんってばっ!」
リビングから家主の慌てふためいた叫び声が響いてくる。
少女はその声から逃れるようにベッドの上で枕を頭から被り、伏したまま動かない。
「アーアーきこえなーい」
枕の下からくぐもった叫びが漏れる。
彼女にとって、お菓子というのは色々な意味で甘く、苦いものなのだ。
今では…少々意味が違うのかもしれないが。